美しきパリジェンヌ

いよいよ授業初日を迎えました。

私のクラスは月曜から木曜日までに授業がきつめに詰められていて、そのかわり金曜日は授業がなかった。

 

文学部の校舎は入り口を入るとそこは4階で、3階よりも下の階に行くには専用の階段を使わないと行けないようになってるんです。

その日の教室が2階となっていたので、また少し早めに着くように家をでました。

 

教室の前には、物凄く美人な女の子が一人立っていた。パーティーではみなかった子だったので、話しかけてみることにしました。

彼女の名前はコンスタンス。フランス、パリ出身。

大学ではジャーナリズムを専攻していて、ポルトガル語を学ぶのは初めてらしい。

コンスタンスの従姉妹がポルトガル人で、彼女もこの大学の法学部の学生。いまは従姉妹の家に居候しているとのことだった。

 

お互いのことを話しているうちに、教授がやってきて、その後遅れて3人の女性が教室に入ってきました。

 

年齢はばらばら。コンスタンスは私の1歳年下(外見は彼女の方がよっぽど大人!!)、アメリカ人のホリーは仕事の都合でモザンビークに行かなくてはならず、その前に一年ここでポルトガル語を学ぶために来たとのこと。2人の息子さんがいるかっこいい女性パイロット。

カナダ出身のサラは両親がポルトガルだが、家族の中でポルトガル語を話すことはなく両親も教えてくれなかったので、今回従姉妹とともにこのコースに参加したという23歳の女の子。

そしてロシア出身のアンドレアは息子達がポルトガルに住んでいるので、自分も一緒にここで暮らしたいとのことだった。彼女は既に1年間ポルトガル語を勉強したといっていて、教授とはすこしポルトガル語で話しをしていた。

逆に彼女は英語が話せず、また、私たちの言っていることもわからなかったようで、そのことは少し悲しかったし、早く共通の言語を習得しなきゃと思った。

 

コンスタンスの母親もポルトガル人で、フランスとポルトガルのハーフだった。だけど彼女の母もまたサラの家族と同様にポルトガル語は話さないらしい。

カナダは移民の国だから、よくある話だと思っていたけど、ポルトガル人の移民が(家族での移民が)大変多いと知ったのはサラとの出会いがきっかけだった。

 

産業革命以降、そして移民するポルトガル人が増えたきっかけなどは歴史の話で長くなってしまうので、また今度お話しすることにしますが、簡単に言うと、その移民先で周りと早くなじみ、仕事にも恵まれるためには自分の母国語を捨てる必要があるということ。もちろん全員ではありません。ただ、そういった葛藤の中で生きるポルトガル人とフランス人を題材にした映画もあるので、そちらもまとめて今後紹介させてもらいます^^